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自身の実践の省察が大切

特別支援学級には教科書がありません。国語や算数でも教科書を使うことはあるが、教科書通り進むことはほとんどありません(教科書通り進めることができるのなら、この教室にはいないはずである)。
教科書を外れて、教科書がない状態で授業を作っていく必要があるのです。
子どもたちの実態を見定め、そこから教師の使えるネタや教材を用いて、授業を組みたてていくのです。ここで、いくつかのポイントがあります。
・極めて個性的な子どもたちの実態を適切に見定めることができているか。
・その教師が使えるネタや教材がどれくらいあるのか。
・個性的な子どもたちに対して、魅力的だと感じる教材を使って授業を上手く組みたてていけるのか。
さて、これらについて、自分自身で「今の私はきちんとできているか」を常に見定める目が必要です。この目を育てることができていないで、自分の思いだけで邁進して授業を進めてしまっては、子どもたちを放っておいて、力を伸ばすことができない授業になってしまうでしょう。自分で授業を作っていく際に陥りやすいところだと考えます。あくまでも、自分の見える範囲でしか子ども理解も教材研究もできていないのです。このことは心しておきたいです。
まずは、自分の実践に対して「これでよいのか」「さらによくすることはできないか」と疑問の目をもちながら、客観的に見ていくことです。メタ認知能力を高めることです。特別支援学級はすべからく、この力を高めることを続けなければならないと考えます。これについては、通常学級担任以上に必要なことであると私は考える。
次に求められるのは、周りの先生に自分の取り組みや方向性が間違っていないか、ご指導を得ることです。自分で自分を見つめることには限界があります。他者からの視点で気づかされることが多いでしょう。実践集でまとめる・現職教育や協議会の場で切ってもらう・サークルやセミナーで提案する、など他者の目にさらす経験を増やすことです。
 そして、常に学び続けることが必要です。学ぶことで自身を客観的に見つめることができます。多くの実践に触れることです。多彩な実践が先達によって取り組まれています。そのようなものを学べば学ぶほど、「自分の実践はまだまだだな。こんなに可能性があるのだ」と目を拓かれる思いをするでしょう。そのような経験を多く積むことです。これは教育とは異なる分野からでも学ぶことでも気づけるところでしょう。教師はどこからでも学べるし、どんなことも実践のヒントになるのです。そうして周りをみつめるのです。我以外皆我師なのです。
教科書というのは何と便利なものかということが、実践を通して強く感じるようになりました。教科書通りに進めていけば、その学年で必要な力を身につけられるし、教科書を終えれば、その学年の学習が終わったということができるのです。便利であるが故に怖さもあるということを分かってもらいたいです。教科書が最後まで進んだ=クラスの全員が、その学年の内容・力を身につけることができた……そんなことは絶対にないのです。教科書に縛られないからこそ特別支援学級は、その子の力に合わせた指導ができるともいえるし、教科書が存在する通常学級が、3月までに全員を次の学年へ引き上げなければならないという十字架を背負っているのです。
教科書という十字架がないからこそ、特別支援学級担任は自由に授業をつくることができます。そして、自由には責任が伴います。その責任を果たすために必要な力が、特別支援学級教師のメタ認知能力です。
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Teru3128

Author:Teru3128
小学校、特別支援学級の担任です。
今年度で教職14年目。
教師修業をぼちぼちと進んでいます。

本年度は、特別支援学級における「道徳授業」を追究する一年間です。
失敗から見えてくるものを大切に、授業実践の楽しさに浸っています。

そして、今年は有田実践からも学び広めていきます。

心を耕し、技術を磨いていきます。
よろしくおねがいします。

ありがとうございます!
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