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学校生活全体に思考場面を設けること~教師の問いかけ~

 自分たちで行動できる子どもにしていくためには、自分で考えられることが必要です。 考えるということは決して、漢字が書けるとか計算ができるという、狭い範疇のことをさしているのではありません。生きていくために考えることが必要だということです。
 そのためには、生活全般において、子どもたちを思考状態へと誘うことが教師に求められます。
 よくあるのが、子どもが用具を忘れたときです。「先生、教科書忘れました」という報告をさせますよね。これは、教師と子どもの間で約束して決められていることが多いでしょう。そこで終わりにしていないでしょうか。「忘れました」と報告があれば、ほぼ反射的には教師が教科書を貸してあげる、といったことにはなってはいないでしょうか。
 「忘れました」と報告があったら、私は「でっ?」と聞き返します。忘れたら報告するまでは約束にしていますが、その後のことは特には決めていません。決めていないことを、教師から「でっ?」と聞かれたら、子どもは考えざるをえません。「隣の人に見せてもらいます」となるかもしれませんし、「貸してください」と言ってくるかもしれません。私にとっては、どちらでもいいのです。子どもが考えて自分で決められたことに価値を置いているのです。
 交流授業から戻ってきたら、その授業の様子を報告することを約束しています。「音楽の授業がありました。鍵盤ハーモニカをやりました。」などと報告があります。
 ここでも問い返すことがあります。曲名が出てこなかったら、「何ていう曲を歌ったの?」。そうすると子どもたちは、教科書を開いて教えてくれます。また、「上手に弾けましたか。」「上手に歌えて、どう思いましたか。」など、子どもの実態や報告する様子をみながら、問い返す事柄をこちらも考えます。 
学校生活においては、トラブルやいけない行動も子どもですので出てきます。そういうときこそ指導のチャンスなのです。どうすればよかったのかを落ち着いた状態で考えさせていきましょう。
「廊下は走らない」子どもたちは分かっています。でもどうしても走ってしまうのです。ストップをかけて「どうすればいいかな」と聞いてみましょう。子どもは「歩く」と冷静に答えることができるでしょう。
また、友だち同士のトラブルも思考させるチャンスなのです。教師が一方的に「●●さんは、こうすればよかった。▲▲さんはここがよくなかった。では次からはこういうことがないように握手をしましょう」という指導をしていては、実にもったいないのです。
「どこがよくなかったのかな?」「どうなっていれば、ケンカにならなかったと思う?」
「叩いてしまったことについてはどう思ってる?」「このまま、仲が悪いままでもいいのかな?」
「これからはどうしていこうか?」「困ったときには、どうしたらいいかな?」
子どもたちに問いかけながら、トラブルの発端や経緯を紐解いていく感じがいいと思います。子どもにとっても問いかけに答えることで自分の思いや考えをはき出すことができます。自分の思いや考えをもとに解決策が見えてくるので、子どもたちもその案に納得することができます。

子どもたちは、教師が問うことで思考を始めるのです。学校生活に思考状態という楔を打つためには、教師の問いかけが不可欠なのです。そして、その問いは、子どもの実態把握があってこそ、その子の思考レベルにあったものとなるのです。
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プロフィール

Teru3128

Author:Teru3128
小学校、特別支援学級の担任です。
今年度で教職14年目。
教師修業をぼちぼちと進んでいます。

本年度は、特別支援学級における「道徳授業」を追究する一年間です。
失敗から見えてくるものを大切に、授業実践の楽しさに浸っています。

そして、今年は有田実践からも学び広めていきます。

心を耕し、技術を磨いていきます。
よろしくおねがいします。

ありがとうございます!
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