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常に異学年交流…これこそが特別支援学級での学びの本質

特別支援学級での学びで特筆すべきことがあるとすれば、「常に異学年交流が展開されている」ということであろう。これは通常学級ではあり得ないことである。

 教科授業において、こちらでは3年生が漢字の練習プリントに取り組んでいる一方で、となりの机では、4年生2人が「ごんぎつね」の読解をやっているというようなことが日常である。国語や算数などの教科学習においては、個の実態に合わせて授業を進めているため、一つの教室で複数の内容が展開されているということが日常である。
 さて、4年生が「ごんぎつね」の音読をする。3年生の児童には、自然と(聞きたくなくても)その音読が耳に入ってくる。そして3年生児童はこう思う。「来年は、ぼくはこのお話を読むんだな。がんばれるといいな。」
 また、生活単元学習や道徳の時間においては、一つの内容を扱う。そこでは、上学年のやっていることを下学年が真似をする。上学年は下学年の見本となろうとがんばる、といったことが常に見られる。
 具体例を挙げる。スピーチの時間。1年生には、「一緒にお話をすることを楽しめればいい」と考え、発言の仕方や挙手の仕方を具体的には指導していない。けれども、1年生から、「○○さんにつけたしで△△です。」といったつけたし発言が飛び出したのだ。
 これは、上学年がそのように発言をしているからだ。1年生は上学年の姿を真似てやってみたのだ。
 さて、1年生はどうしてつけたし発言ができたのだろうか。まさか「つけたし発言は、すばらしい。意見をつなげることができる」と1年生がそのように考え、納得したのだろうか。
 そんなことはない。教師がつけたし発言をした上学年に対してあることをしたのだ。
「『●●さんにつけたしで』と上手につけたし発言ができたね。いい言い方だね」
褒めたのである。その様子を1年生は見ている。「あぁ、こうやって発表すると、褒めてもらえるんだ。」ということを知ったから1年生も自分からつけたし発言ができたのである。
また、挙手については、「5・6年生は、黙って腕を伸ばして挙げているよ。すてきな挙げ方だね。」と、褒めながら、良い挙手の仕方を教えていった。このように話すと3・4年生児童も上手に挙手をするものである。それをみた1年生児童は、上手に挙手をしようと取り組むことができたのだ。

 そしてこのことが「常に展開されている」ということも大切にしている。異学年交流の価値は多くの教師が認めるところだろう。そして、回数が増えた方が、意義が深まることも承知されているところだろう。
 特別支援学級ではそれが毎日行われているのである。授業だけでなく、給食や清掃活動、休み時間に至るまで異学年で過ごす時間が多いのだ。子どもたち同士で学び合い、成長し合うということが、異学年での生活を通して可能となっているのが特別支援学級なのである。隣の机で一緒に生活する上学年児童に憧れを抱く下学年。下学年児童にだめなところは見せられないと、がんばりを見せる上学年。私はこのサイクルが常に回って成長し合う教室が特別支援が級であると声を大にして言いたい。
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プロフィール

Teru3128

Author:Teru3128
小学校、特別支援学級の担任です。
今年度で教職14年目。
教師修業をぼちぼちと進んでいます。

本年度は、特別支援学級における「道徳授業」を追究する一年間です。
失敗から見えてくるものを大切に、授業実践の楽しさに浸っています。

そして、今年は有田実践からも学び広めていきます。

心を耕し、技術を磨いていきます。
よろしくおねがいします。

ありがとうございます!
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