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異学年からの学び、という視点を生かす

特別支援学級において、集団で学ぶことの価値。そして、特別支援学級だからこその学びの価値を、私は次のように考え、勤務校でも話しています。

うちのクラスには現在、5学年の子どもたちがいます。
下学年は上学年の言動を見たり真似したりすることで、学んでいきます。
上学年は下学年に変なところは見せられない、見本となるための行動をとろうとします。
このことが授業時間だけでなく、学校生活全般において常に行われているのです。
常時の異学年交流…これこそが特別支援学級の強みであり、集団での学びの肝となるところです。

 多くの学校で異学年交流が展開されていることでしょう。
 よくあるのは、小学6年生と小学1年生の交流でしょうか。1年生は6年生のお兄さん・お姉さんから学校での生活様式を学び、6年生は1年生にお世話をすることを通して、最高学年としての自覚を高めていくことがねらいとなっています。そして、このような交流をしていくと、双方に効果が表れ、「もっと交流ができるといいね」という感覚を教師集団はもつこととなるでしょう。
 異学年交流は効果があり、交流の機会を増やせば増やすほど、その効果は高まっていく、ということは多くの教師が認めるところだと考えます。
 これを一年中おこなっているのが、特別支援学級なのです。
 常に異学年交流なのです。
 ・朝の準備で困っている下学年のお手伝いを上学年が進んで行う。
 ・休み時間には、学年の垣根なく一緒に遊ぶ。
 ・給食時間は一緒に準備をして、一緒に会食して、一緒に片付ける。
 ・清掃活動も、一緒に行う。協力をしたり教え合ったりすることが日常となっている。
 ・授業では、それぞれがやっている内容に触れたり、異学年ペアで課題解決したりすることもある。
 授業については補足をします。例えば、4年生の国語「ごんぎつね」の授業をしている教室に、3年生が自分の漢字練習をしていることも日常なのです。3年生の子が翌年、「ごんぎつね」を音読していると「これ、どこかで聞いたことがある」ということがよく起こります。通常学級ではまずあり得ないことです。
 常時の異学年交流が起きるということは、教師の指導が減るということでもあるのです。上学年が上手に下学年に教えることによって教師が指導すべきことが一つなくなるのです。この様子を教師はしっかりと見て、褒める場面にすることができるのです(最終的には指導の責任は教師にあるということは肝に銘じておくべきです。何でもかんでも上学年に任せるということではありません)。
 教師にとってはもう一つ。成長の階段が見えるということにもなります。「学年が一つ、二つ上がるとこれぐらいのことができるようになるのだな。落ち着きも見られるのだな」と、自身のクラスの子どもたちから判断することができるのです(もちろん、その判断には個々の発達段階を考慮すべきです)。
これは、教師の指導にゆとりを生みます。今の状態だけで判断するのではなく、数年後の姿から今必要な指導は何かと考えることができるのです。それを目の前の子どもたちから常にヒントを得ながら指導を展開することができるのです。これほど強みなことはないですし、「子どもから学ぶ」ことの重要性はないと考えるのです。
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プロフィール

Teru3128

Author:Teru3128
小学校、特別支援学級の担任です。
今年度で教職14年目。
教師修業をぼちぼちと進んでいます。

本年度は、特別支援学級における「道徳授業」を追究する一年間です。
失敗から見えてくるものを大切に、授業実践の楽しさに浸っています。

そして、今年は有田実践からも学び広めていきます。

心を耕し、技術を磨いていきます。
よろしくおねがいします。

ありがとうございます!
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