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教育実習・初任時代があったから…

教育実習は、愛知教育大学附属名古屋中学校で4週間、愛教大附属名古屋小学校にて2週間でした。
 一般校とは異なり、とても厳しい教育実習でした。特に中学校は、中2のクラスが受け持ちで、子どもたちは弁が立つ猛者ばかり。クラスの指導教官とは馬が合わず、生意気な実習生と映っていました。社会科の指導は、指導教官の会議と会議の合間に進められる感じで、指導があって、指導案を手直しして、次の指導は会議が終わる1時間半後。そして指導があって、次はまた1時間半後…エンドレスで続きました。
 自分の思いどおりに進められるところなど(当然ですが)全くありません。その意味では、教師になって今までの仕事のどれよりもこの時の4週間のほうが厳しいものであったと感じています。あれから17年が過ぎましたが、秋の夜にはあの頃のことがオーバーラップするのです。
 これだけやっても(とはいっても、別に他の実習生と異なったことや素晴らしい授業をしたわけではないので、当然ですが)評価は「B」でした。そして、附属小学校での実習の評価も「B」判定でした。
 そうして、大学を卒業した翌月からは、教師としての生活が始まります。
 初任者ですので、研究授業も何度もありました。しかし、一向に授業は上手くなりません。私が子どもたちの思考を止めたり、から回りさせたりするようなものでした。

 決して今も授業が上手くなったと自信をもっていえるものではありません。しかし、教育実習・初任時代を通して、「あなたはこのままでは授業は上手くない」という評価をいただいたからこそ、「学ばないといけない」という気持ちになったのです。今の私の学びの姿があるのは背景として、実習や初任時代の苦い思いであるのです。

 教師教育論の話にもつながってきます。私は教師教育についてはかなり冷ややかに見ています。「大人なんだから、自分で気づいて動こうよ」というのが今の私の基本姿勢です。
やはり、気づきがなければ人は動くことができません。しかし、今の職員室や同僚性の中において、若手に気づきを与えられる環境があるか、先輩の姿や取り組みから気づきを得られる若手がいるのか、というところは考えてしまいます。私は、実習や初任時代に直接言っていただき、それを学ぶ行動のきっかけとしていくことができました。決して、私のしてきたことを見習えというつもりは毛頭ありません。厳しく指導されることでモチベーションを無くすことだって私にもあります。何がよいのかなど、そんなに簡単に言えることではないなあとも思っています。

 余談ですが、教師になって一般校の教育実習を目の当たりにしてきました。「なんて、みんな優しいんだ。そして、指導が甘すぎる。これが一般校の教育実習なのか」と、驚くことばかりでした。それと共に、附属で実習をさせていただいたことに感謝の思いが芽生えてきたのです。あそこで厳しく指導していただいたからこそ今の私があると思っています。
だからこそ、実習生には、「附属で実習受けている人はこんな風にがんばっているんだよ」と伝えたり、研究授業はできる限り参観して協議会で話をしたりしています。こういう形で、その時の指導教官には今後も恩返しをしていこうと考えています。
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Teru3128

Author:Teru3128
小学校、特別支援学級の担任です。
今年度で教職14年目。
教師修業をぼちぼちと進んでいます。

本年度は、特別支援学級における「道徳授業」を追究する一年間です。
失敗から見えてくるものを大切に、授業実践の楽しさに浸っています。

そして、今年は有田実践からも学び広めていきます。

心を耕し、技術を磨いていきます。
よろしくおねがいします。

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