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先達も言っているが、初任校での人との出会いや経験が、その後を左右するところが大きい。私も実感をもって言える。

私は初任校(小学校)で5年間勤務しました。
 初任では小学3年生を担任しました。初めての研究授業では、なかなか意見が出てこない子どもたちに対して「いつもみたいににぎやかにならないと」と言ってはみたものの、子どもたちからなかなか意見が出ない。結果的に私の無意味な言葉だけがよく跳ぶ授業でした。子どもたちは授業が終わった瞬間、黒板に出てきて、授業で使った資料をじっくりと見たり触ったりしていました。子どもたちは資料を使ってもっと自分たちで説明をしたかったんだなと、今となっては理解できますが、当時は「それを授業で見せてくれよ」と思っていました。その時の授業テープはあるのですが、未だに聞くことができません。
 授業がこんな感じなので、学級もまとまっていたとは到底言えません。隣の教室の先生からは、「今日も楠本くんが元気だったねえ」と。私の声だけが目立つ授業をしていたことを端的に教えていただきました。
 当時の主任先生には生意気な言動ばかりでした。それを温かく聞いてくださいました。それまでは学年で体育をやっていたのですが、3学期からはそれぞれの学級で進めるようにしました。主任先生の中には合同体育にして私に伝えたかったことがあったと思うのですが、そのことには全く気づかず、独断で進めていました。
 この学年を持ち上がった2年目。少しずつ自分の学びと授業・学級づくりがリンクしてきたことを実感できました。仕事についても少しだけ、周りが見えるようになりました。学級通信の出し方、通知表の初見、指導案の書き方、教室掲示のあり方など、直接ご指導いただいたこと以上に、先輩達の動きや作ったものから、学びを盗んで自分のものとしていきました。
 3年目は2年生を担任。一人の保護者が「子どもの様子が心配だから」と、三ヶ月もの間、朝から昼まで教室を参観するということがありました。これも今となっては貴重な経験となっています。防災教育の研究発表があり、それに向けて生活科や道徳の授業に力を入れていきました。子どもたちもいい子ばかりで、多くの手応えをつかんだ一年間でした。
 そして、5・6年生ともちました。2クラスですが一応主任という立場で、授業だけでなく学年行事も進めていきました。組体操では先輩の先生からかなり厳しいご指導を受けました。また、国語の研究授業を進めていきました。大学の先生が講師で見えました。授業の楽しさ・難しさを強く知ることができました。これまでの経験を生かして、やりたいことをどんどんやっていった2年間でした。保護者にも恵まれました。

 さて、エピソードをつらつらと書きました。私の今があるのは初任校での実践やご指導が大きな基盤となっています。当時お世話になった先生には、全く頭が上がりません。常に私自身がスタートの気持ちに立つことができます。初任での実践・出会いが今の私を支えていると思うと、本当に幸せ者です。
 初任校とは、そういうものです。どんな出会いもはじめてであり、どんな実践も一度目です。だからこそ、どんなものでも新鮮でいつまでも残ります。そして、それが今の私とつながっているのです。年が経つごとに初任校での経験が大きなものであったと気づくことができたなら、あなたの教師人生はすてきなものとなるでしょう。
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Teru3128

Author:Teru3128
小学校、特別支援学級の担任です。
今年度で教職14年目。
教師修業をぼちぼちと進んでいます。

本年度は、特別支援学級における「道徳授業」を追究する一年間です。
失敗から見えてくるものを大切に、授業実践の楽しさに浸っています。

そして、今年は有田実践からも学び広めていきます。

心を耕し、技術を磨いていきます。
よろしくおねがいします。

ありがとうございます!
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