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「大人げない」も、子どもたちからの褒め言葉

「先生、大人げないってー!」
 このようなことを言われたことがありますか。

 「大人げない」と言われるには、まずは子どもたちの中に入っていることが必要ですよね。おにごっこやドッジボールを子どもたちがレクなどで楽しんでいる時、あなたはどこにいますか。毎回、その輪の中に入るのはどうかと思います。子どもたちの遊びを時には外から、また時には中に入るということを意識的にしていくことで、子どもたちの様子や内面が見えてくると思います。
子どもたちの輪の中に入りました。そうしたら、大人の本気を見せるのです。見せつけちゃってください。子どもはそれが楽しいのです。子どもの遊びにムキになる大人ほど、子どもたちにとって面白いものはありません。そして、そのようなことをしてくれる先生のことを子どもたちが嫌うことはないでしょう。演じるのではないのです。本当にムキになってしまうことが大切だろうなあと感じます。
さて、このようにしても子どもたちの反応は教師によってさまざまでしょう。このような状況で「大人げない」と言われる教師は、子どもとの距離が普段から近いのでしょう。子どもとの距離が近いからこそ、子どもたちもその教師に対しては、本音を叫ぶことができるのです。
「大人げない」という言葉は、「大人」な部分がある人に対してしか使うことはできません。即ち子どもたちは「大人げない」と言っている教師を「大人」だと見ているのです。そのように見ると、「大人げない」という言葉は決して軽蔑しているのではなく、むしろ尊敬しているからこそ使えるのだということが分かっていただけるでしょう。しかも、本音を言えるということは、その教師に対して「自分たちと同じ目線で正対してくれる大人」であると認識しているということになります。
このように考えると「大人げない」も決して馬鹿にできない言葉であるように思えてきませんか。

まぁ、でも大人の本気は時々見せておく必要はあると思いますね。
「子どもたちになめられてはいけない」とばかりに、厳しい指導が中心となったり、語気を荒げて話したりすることがいいのだと考える人もいますが、これは逆効果だと私は考えます。「あの先生の前では、ちゃんとしておけば大丈夫」と結局はなめているのです。そして、表面上はその先生の前ではふざけたことはしないので「私はなめられていない。今の指導がいいのだ」と思ってしまうのでしょう。しかし、その教師には本音を見せず、裏でこそこそする子どもにしてしまうのです。これはなめられているのです。子どもたちから尊敬はされていませんよね。
そうではないのです。子どもたちに、「やっぱりうちの先生はすごい。」というところを嫌味がないように示すことが、本当の「子どもたちになめられない=子どもたちが尊敬する」ということにつながるのです。楽器ができたり、字が上手であったり、足が速かったり、あなたの得意なところをちょっと見せればいいのです。決して厳しい指導=尊敬されるではないのです。「大人げない」先生は、子どもに慕われている教師です。これは確実です。
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Teru3128

Author:Teru3128
小学校、特別支援学級の担任です。
今年度で教職14年目。
教師修業をぼちぼちと進んでいます。

本年度は、特別支援学級における「道徳授業」を追究する一年間です。
失敗から見えてくるものを大切に、授業実践の楽しさに浸っています。

そして、今年は有田実践からも学び広めていきます。

心を耕し、技術を磨いていきます。
よろしくおねがいします。

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