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「(この子は)~ができない」という言葉を自分の辞書から外す

特別支援学級の担任をして最初の教科指導訪問。指導案を作って指導員の先生に見てもらった際にご指導いただいた言葉です。私の中でこの言葉は、指導案作成という範囲にとどまらず、子ども理解全般にまで影響を与えるものとなっています。

 支援学級に在籍する児童生徒や通常学級においても支援を要する児童生徒について話題に上ると、「あの子は~ができない」という言葉のオンパレードです。この否定語が続くと、その児童生徒とはかかわりが薄い場合でも、この言葉を耳にする方は苦しくなります。

 はたして、「~ができない」というのは、本当に事実を語っているのしょうか。一度、自分自身に問うとよいでしょう。以下のような質問をなげかけられても、「(この子は)~ができない」と言うことができるでしょうか。
 ・教師が見たときにはたまたまできなっただけではないでしょうか。
 ・毎回できないのか。100回やっても一度もできないのでしょうか。
 ・教師の支援や環境が適切なのか。その場所だからできないのではないか。教師の支援が不適切だからできないのではないでしょうか。

 まずは、「(この子は)~ができない」という言葉を自分の辞書から外すことを主張したいです。教師がこの覚悟をもって子どもを見たり、支援をしたりするのです。そうしていくと、次のような言葉が自分自身の中から出てくると思います。
 ・この状態だとできないが、次のようにしたらできた。
 ・この環境では、~することが難しい。
 ・今の段階では、10回やって2・3回の成功という状態である。
 このように子どもたちを見ていくのです。実際に「できない」という状態は極めて少ないということに気づかされます。この気づきは教師にとって非常に大切です。子どもたちは「できない」「能力がない」のではないのです。「能力を出す環境が整っていない」「その子に合う指示によってできる場面が生まれる」という視点をもつことができるのです。

「(この子)は~ができない」という言葉の本当の怖さは、指導者に思考停止を生む可能性があるということなのです。それだけ「できない」という言葉の強さは大きいのです。だからこそ「できない」ということを言わない・使わないようにするのです。

「できない」ではなく、
・本当に全くできていないのか。どれくらい、どこまでならできているのか。
・適切な支援や教具があればできるのではないか。
・その子の状態や気分にも左右するのではないか。
・教師や支援者、級友のその子にもたらす影響はどのようなものか。
・課題設定そのものに問題がないか。

その子の状態を放っておかない。何としても伸ばしてあげたい。そして、その子に伸び
る力があると信じているという教師の姿勢が何よりも大切ではないでしょうか。その状態で一番困っているのは、教師ではありません。目の前の子どもたちなのです。
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プロフィール

Teru3128

Author:Teru3128
小学校、特別支援学級の担任です。
今年度で教職14年目。
教師修業をぼちぼちと進んでいます。

本年度は、特別支援学級における「道徳授業」を追究する一年間です。
失敗から見えてくるものを大切に、授業実践の楽しさに浸っています。

そして、今年は有田実践からも学び広めていきます。

心を耕し、技術を磨いていきます。
よろしくおねがいします。

ありがとうございます!
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