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「先生、暇そうだね」も、褒め言葉

 子どもたちから「先生、暇そうだね」と言われたら、ムッとしてしまう人が多いのではないでしょうか。私はむしろ逆です。「そう見えるかなぁ」と返すと、「暇そうだから、わたしがおしゃべり相手になってあげる」。こんな感じです。
 別の日。部活動が始まる前の時間。私が廊下を歩いていると、6年生の女子が、「先生、どうでもいい話なんだけどさぁ、してもいい?」と聞いてきたので、「いいよ」と返しました。すると、「私ね、今年、蚊を倒すのが去年よりも上手くなったみたい」…うっ、うん、そうか。

 休み時間など、私は何をするでもなく廊下を歩いていることが多いです。そういうときに子どもたちから言われたのが、「先生ってさ、暇そうだね」です。
 休み時間時の他の教師の様子を見てみました。
  ・職員室に籠って、出てこない。
  ・教室の事務机でノートチェックやテストの○つけ。忙しそう。
  ・部活動や委員会の指導中。

 子どもたちにとって教師は「忙しそうな人」なのです。このことは頭の片隅に留めておいても損ではないと思います。そして、子どもたちが求めているのは、これとは逆だということです。すなわち、
  ・話しかけやすい。他愛のないことでも何でも聞いてくれる。
  ・忙しそうにしていない。子どもの遊びやちょっかいにも反応してくれる。
  ・教師が常にニコニコしている。

 これらのことができるためには、教師は自分の仕事術を少し磨く必要があります。仕事の優先順位を見直すことで、子どもが学校にいる時間にやることと子どもたちが帰ってからでもできることが見えてくると思います。また、「長い休み時間は、今年は子どもたちと遊びます」と同僚や子どもたちに宣言することもよいでしょう。周りの視線によって自分が動かされているという状況はとても大切です。日々を謙虚な姿勢で臨むことができます。さらに「教師っぽくない」というのは、子どもたちが他の教師と差別化を図っていることを意味します。これを「子どもたちからの大きな期待だ」と受け取ることもできるでしょう。

 そしてもう一つは、「私たちは子どもたちからエネルギーをもらって生活できている」ということです。このことを教師は強く自覚すべきでしょう。目の前の子どもたちがいなければ、私たちの存在意義はありません。町のまん中で知らない人から「先生」と呼ばれることなどありません。

先生というのはそういうものなのだということを認識すべきです。子どもたちなしでは私たちの存在意義はないのです。だとしたら、子どもたちがいる時間に、私たちができることはしてあげたいと考えることはできないでしょうか。根本は、子どものことがどれくらい好きかということにかかってくるのです。子どもと楽しむ時間をもつことで、気持ちもリフレッシュできると思います。子どもたちの前では、笑顔でゆとりをもって過ごしたいです。
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Teru3128

Author:Teru3128
小学校、特別支援学級の担任です。
今年度で教職14年目。
教師修業をぼちぼちと進んでいます。

本年度は、特別支援学級における「道徳授業」を追究する一年間です。
失敗から見えてくるものを大切に、授業実践の楽しさに浸っています。

そして、今年は有田実践からも学び広めていきます。

心を耕し、技術を磨いていきます。
よろしくおねがいします。

ありがとうございます!
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