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全員参加の授業は、いじめ予防につながる

3校目の勤務校では、学校全体で授業づくりに力を入れていました。授業づくりのテーマが「全員がバスに乗る授業」。いわゆる全員参加の授業でした。
 (全員参加の授業には賛否があります。これを承知の上で、ここではその必要性のみを述べます。また、全員参加の授業をつくっていく課程や技術面についてはここでは割愛します)。
 「全員参加の授業」。言葉ではよく出されるものであり、多くの教師がめざすところでしょう。しかしながら、実際に取り組み始めるとできそうで難しい境地なのです。あと3人が発言できなかった。途中で発言が少なくなってきた。時間が足りなくなったなど、悪戦苦闘の実践を積み重ねる中で、その境地に近づいていくものです。
 さて、全員参加の授業を志向していくとどのような効果が生まれるでしょうか。私は次のように考えます。

傍観者がいなくなる…一つの課題に対して、みんなで向き合う姿勢ができる。 

例を挙げて考えていきます。
国語の「海のいのち」での授業。「太一のクエに対する思いについて考えよう」というめあてに向かって、子どもたちは言葉から見つけたことを聴き合います。「聴き合う」ので、発言は「○○さんに賛成で~」「○○さんとちょっと違って~」というようになります。そして板書で、自分の意見が位置づけされていきます。これを全員がみんなの前で発言できるように鍛えていくのです。
傍観者がいない状態をつくるために、例では以下のことを示しています。
①めあてに向かって考えていく
②聴き合いの授業
③全員参加

①については、何について考えればよいのかを共有する。ということは、この時間は全員でこのこと(一つのこと)を考えていくということになるのです。めあてがなければ、思い思いに考えていけばよいということになってしまいます。これでは、授業に対する意識がまとまらず、発言をしてもその意見がぞんざいに扱われてしまいます(そうせざるを得ない状況になってしまいます)。
②は、自分の意見をもちながらも、どこで発言するとよいのかを、級友の意見を聴きながら考える必要があります。発言する際も「ここで、指名してほしい」と主体的になります(もちろん、教師は一人調べの段階で子どもたちのまとめたものを確認しておく作業が必要です)。
③については、言葉の通り。どんな意見でもいい。全員がどこかで活躍できる場面ができる(教師がその場面を演出する)ことです。自分の意見を何も語らないで授業が終わることがないという雰囲気も、全員参加の授業を志向していくと生まれてきます。

いじめ指導で難しいのは、加害児童・被害児童への指導もありますが、一番人数が多く、いじめの認識が極めて薄い傍観者への指導です。いじめ指導の基本は未然指導です。授業の中で傍観者を生まないということがいじめの未然指導へとつながるのだと私は実践を通してかなりの強い確信となっています。
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プロフィール

Teru3128

Author:Teru3128
小学校、特別支援学級の担任です。
今年度で教職14年目。
教師修業をぼちぼちと進んでいます。

本年度は、特別支援学級における「道徳授業」を追究する一年間です。
失敗から見えてくるものを大切に、授業実践の楽しさに浸っています。

そして、今年は有田実践からも学び広めていきます。

心を耕し、技術を磨いていきます。
よろしくおねがいします。

ありがとうございます!
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