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【追究の有田本 No.15】わたしの勉強法づくり 有田和正著作集2

【追究の有田本】No.15をお届けします。
今回は、
『わたしの勉強法づくり 有田和正著作集2』1989年、明治図書
http://www.meijitosho.co.jp/detail/498704

勉強とりわけ社会科が好きになることについて、具体的な授業ネタと共に書かれている。有田実践の幅広さを改めて感じる一冊である。そして、一つひとつの実践がどのようにつながって、子どもたちを鍛えていくことになるのか、小学1年生社会科(今では生活科で可能な実践)や4年生での実践をもとに学ぶことができる。有田実践の深さはひとつひとつの魅力的なネタ以上に、それらの「つなげ方・つなげる視点」にあると考える。これこそが、有田先生の言う【授業は布石の連続】である。

① ノートというのは、「わたし」をつくっていくための手段であり、目的ではない。
ノート指導についての大切な視座を有田先生の言葉から学ぶことができる。「書くことは、自分を深めることであり、新しい自分を創造すること」でもあると言う。「学習技能」の指導なのではあるが、そこに留まらず「生き方・在り方」の指導(言葉の通り、子どもたちへ「指し導く」もの)にまで教師は意識を向けておく必要があるのだろう。教師の「意識された指導」によって子どもは動けるだけでなく、その教師の「無意識」に対して、子どもたちは【感化】されるのであろう。

② 体当たりの学習
子どもが本気になって(ムキになって)立ち向かうとき「体当たりの学習」になっている。「この子にとって、体当たりの学習になっているか」の確認は絶えず必要である。「体当たりの学習」こそが「つながり」のある授業であろう。そのためには「『●●がどうしても必要だ』という状況に追い込む」ことである。具体的技術として「予想させる」「資料提示に一工夫」「再現活動により、見直し・問い直しの必要性をもたせる」「知ってるよ⇒あれ、分からないぞ!」「楽しいネタから必要性を導く」「【物】の追究から【人】の追究へと進んでいく指導過程」などがある。また「ごっこ活動でつくる店を自然に絞る」という細かな配慮も「体当たりの学習」には必要である。

③ 資料とは・・・
有田先生は「指導にあたって教師が学習目標を達成するために使用し提示する事実的経験、および、子どもたちが自分の問題を解決するために使用する情報や経験のすべてである」と述べている。ここで「経験」も資料であると位置づけ、とりわけ前者にある「教師の事実的経験」も資料だとしているところが、有田先生ならではであると考える。足で資料を手に入れてきた先生だからこそ言えるものであり、実践から裏打ちされた理論である。実践者は、これを深く考えて提案していくことが必要であり、研究者とは異なるアプローチでの理論づくりができるのである。
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Teru3128

Author:Teru3128
小学校、特別支援学級の担任です。
今年度で教職14年目。
教師修業をぼちぼちと進んでいます。

本年度は、特別支援学級における「道徳授業」を追究する一年間です。
失敗から見えてくるものを大切に、授業実践の楽しさに浸っています。

そして、今年は有田実践からも学び広めていきます。

心を耕し、技術を磨いていきます。
よろしくおねがいします。

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