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1月3日(金)その2

1.ある事象(A)について考えるとき、そのことだけを見つめるより、逆の立場(Not A)をあえて設定して思考を巡らすことで、新たな気づきに出合える。

そして、Aについて考えるつもりであった「Not A」の中にも、真理めいた大切なものあることに気づかされることが、(私の経験では)多い。

私の「思考あそび」の一方法である。



2.「A」という点に「Not A」という点を設けると、それを結んで線にすることができる。

線になると、その線上に点を設けることができる。

【今の自分は、どの立ち位置にあるか(どっち寄りなのか)。】

ということをメタ認知することが可能になる。


3.【2ヶ月も担任不在の学級経営は、破綻している。】

客観的にみたら、「そうでしょう」と大きく納得するだろう。
私自身ですら「そうでしょう」と思う。

ただその反面で

「本当にそうなのか」

という思いも「かなり強く」もっている。...

うちの子どもたちは2ヶ月間、授業についてはほぼ教科担任制の状態で指導を受けた。

また、授業以外の時間に担任として入って下さったのは、女性のベテラン先生。私にはできないであろう「子どもたちとのエピソード」や、子どもたちの中には、私の知らないことをその先生には打ち明けていたということもらたくさんあった。

そして、この先生は、私がいないことを子どもたちに上手に話してくださっていた。

この2ヶ月間は、チームで育てられた学級なのである。

この経験によって子どもたちは、他の学級とは違った学びができたとさえ、私は思っている。

決して、休んだことを肯定しているわけではない。担任不在の不安定は、うちのクラスも経験をした(この2ヶ月間、子どもたちがいろいろやらかしたのも事実である)。

前にも別の話で書いたが、

客観的・第三者から見えるものと
主観的・当事者から見えるものは異なる

ということを言っているのである。



4.いつもとは違った距離感をもって学級・学校について考えてみることは、冬休み中の教師の学びの一つに入れてもいいだろう。

日常が始まってしまうと気づけないことが、学校・学級から少し離れた今だからこそ、見えるものがあるだろう(当然だが、日常が再開して子どもたちとのやりとりから見えることもたくさんある。その中で逆に見えづらくなるものもある)。

その際に、「3月のゴールに向かってどうするか」と、考えるための明確な目的意識をもって戦略的・具体的に見つめることも必要(おそらく、これが第一義的に大切なことであろう)。

ただ
これだけではつまらないと思う。

戦略的・具体的なものを横に置いて、思うがままに学校・学級(・教育)について考えてみることも大切にしたい。

すぐには役にたたないだろう。でも自身の中に「視点」をもつことができる。
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プロフィール

Teru3128

Author:Teru3128
小学校、特別支援学級の担任です。
今年度で教職14年目。
教師修業をぼちぼちと進んでいます。

本年度は、特別支援学級における「道徳授業」を追究する一年間です。
失敗から見えてくるものを大切に、授業実践の楽しさに浸っています。

そして、今年は有田実践からも学び広めていきます。

心を耕し、技術を磨いていきます。
よろしくおねがいします。

ありがとうございます!
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