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「対話」がクラスにあふれる! 国語授業・言語活動アイデア42

「対話」がクラスにあふれる! 国語授業・言語活動アイデア42

最も勉強になったのが
「価値のインストラクション(説明)」
ワークショップ型授業のような「活動中心の授業」がなぜ必要か。教室のレイアウトをなぜ変えるか。こうしたことの「価値のインストラクション」も極めてていねいに行っている。p49
 その授業の「価値」を端的に、しかも存分に、学習者に理解させるところから始めたい。p49


「追試しても上手くいかない」…これはどうしてなのだろうということがしばしばある。石川晋先生も以下のように述べている。

私の教室を参観に来た多くの先生が、物語の読み聞かせや絵本の読み聞かせに引かれて、ご自分の教室でもとおっしゃる。また実際に取り組む方も多いが、その多くが失敗に終わっていく。その学習の価値を学習者に説得的に伝えることなく、形の美しさにひかれてしまったのだろうと残念に思おう。p49

 その原因としていろいろ考えられる。

①その段階まで子どもを育てていない…
 教育という連続性のなかで行われているもの。その授業ができる段階まで子どもを育てていないと、こちらが期待するような姿を見せることは難しい

②教師の人間性…
子どもたちとの関係の中で学級づくり、授業づくりが展開される。教師自身が技術だけでなく人間性を磨く必要がある。これは教育書から学ぶことは難しいのかもしれない。異業種から学べるところが大きいだろう。

そして、もう一つが
③「何のためにその授業・活動をやるのか」
これを教師が鮮明に持っていないということである。

自作の資料やネタであれば当然、鮮明に「何のために」があるだろう。しかし、追試となると異なる場合もある「何となくやってみた」「授業が面白そうだから」・・・これらは自分自身も初任~5年間ぐらいはこのような感じ

でやっていた。ある程度は流れる。が、それだけなのである。
 多くの先生方が「哲学」と言っているところのものがこれに近いのかもしれない。

そして、今回の石川晋先生の著書。この「何のために」という「授業・活動の価値」を子どもたちにていねいに説明することの大切さが書かれている。

 確かに私自身の実践をふり返ってみても、この部分はほとんどおろそかにしていた。

「活動を多くすることで期待している姿が望めるだろう」
「子どもたちに伝える必要はないのではないか」
「その価値に子どもたち自身に気づかせたい」

今一度、授業の価値を語れる教師を目指したい。そのためには大前提として、「価値ある授業実践」を進めていくことである。

 また、「価値のインストラクション」として、眼を引くところがある。

一つひとつのパーツの意義についてはもちろん、なぜそのような授業構成にしているか、自らの教師としてのライフヒストリーからていねいに語っている。p48

教師自身の経験・体験からにじみ出たものであるということを子どもたちは知ることになる。正直、「ここまで話す必要があるのか」と思う節もあるのだが、ふと立ち止まると「確かに教師自身のことを語ったときは子どもたちの聞く姿勢や集中・反応は高い」ということを経験則から得ている。

次の3点が必要である。
○価値のインストラクションができる授業実践になっているか。
○価値を語る「言葉」を教師自身がもち合わせているか。
○教師の「インストラクション」を子どもが受け止める関係性が成立しているか。

「対話」がクラスにあふれる!  国語授業・言語活動アイデア42「対話」がクラスにあふれる! 国語授業・言語活動アイデア42
(2012/06/07)
石川 晋

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Teru3128

Author:Teru3128
小学校、特別支援学級の担任です。
今年度で教職14年目。
教師修業をぼちぼちと進んでいます。

本年度は、特別支援学級における「道徳授業」を追究する一年間です。
失敗から見えてくるものを大切に、授業実践の楽しさに浸っています。

そして、今年は有田実践からも学び広めていきます。

心を耕し、技術を磨いていきます。
よろしくおねがいします。

ありがとうございます!
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