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子どもにやらせるなら、教師もやる

 子どもに毎日、日記を書かせるのなら、教師も毎日、学級通信を出す。
 子どもが掃除をがんばるのなら、教師も一緒に教室をきれいにする。
 子どもに宿題を課すのなら、教師も勉強をする。
 子どもに読書を推奨するのなら、教師も本を読む。
 子どもに規則正しい生活を指導するのなら、教師も規則正しい生活を心がける。

 子どもにやらせるのなら、教師もやりましょうよ。私は、それは、目の前の子どもたちに対する教師としての礼儀だと考えるのです。
 そして、同じようにやっていると、子どもたちに課していることの大変さや、それでもきちんとやっている子どもたちに対して本心から褒めることができます。
 技術で褒めることよりも本心で褒めた方が伝わるというのは当然でしょう。しかし、子どもを本心で褒めるというのはできそうでできないことです。
 しかし、子どもと同じことをやっていれば、子どものがんばりに気づきやすくなります。そしてそれは、本心から「すごいなあ」という気づきとなるのです。

 実際に毎日、文章を書いてみてください。仕事が忙しい日もです。イライラしている日もです。大人であっても毎日書くというのは大変なことなのです。けれども、それをやってくる子どもが目の前にいるのです。あなたよりもすごいことをしているのです。しかもそれは、あなたが「やりましょう」と言ったことなのです。「やりましょう」と言ったことを子どもはできて、教師であるあなたは大変だと言っている。この事実に感じるところがないといけません。

子どもにやらせることを、教師もやる。これは。言行一致の教師であるといえます。こういう教師に子どもたちはついていくと思うのです。このような教師の姿を子どもたちは見ていないかもしれないけど感じ取ることはできています。子どもの敏感さをなめてはいけません。「この人は信頼できる大人かどうか」を見極める力はすごいです。

このことは逆に、「教師ができないことは、子どもにやらせない」ということもできます。こう考えると、指導の無理が減ります。
・教師が忘れ物をしてしまうのなら、子どもの忘れ物も大目に見る(ただ「忘れてはいけない」と注意するのではない対応ができる)ことができるのではないか。
・教師が時間にルーズになりがちなら、子どもにも大目に見る(ただ、「時間を守れていないではないか」と注意するのではなく、謝罪の仕方を教えるとか、スルーして授業を始めて、授業の空気をつくってしまうなどの)ことができるのではないか。

教師が子どもに課していることをもう一度見つめ直してみましょう。如何に教師が権威
者であるかということに気づかされ、怖さを覚えることでしょう。そうなのです。教師が「権威」として子どもたちを動かしているという事実は知っておいて損はありません。権威を外すためには対等になることです。それには子どもに課したことを教師もやってみるのです。それによる気づきは、あなたの予想以上であると思いますよ。
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プロフィール

Teru3128

Author:Teru3128
小学校、特別支援学級の担任です。
今年度で教職14年目。
教師修業をぼちぼちと進んでいます。

本年度は、特別支援学級における「道徳授業」を追究する一年間です。
失敗から見えてくるものを大切に、授業実践の楽しさに浸っています。

そして、今年は有田実践からも学び広めていきます。

心を耕し、技術を磨いていきます。
よろしくおねがいします。

ありがとうございます!
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