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保護者の過半数は学校教育に対して否定的に見ている

保護者との関係がこじれるときは、「私の話を理解してくれない」と教師が感じるときでです。
根本として、「保護者の多く(全て)が、学校教育・担任の先生のことを好意的に思っている。賛成の立場でいる。」という考え(驕り)が、教師の中にあるのではないでしょうか。
ちょっと考えてみれば、このようなことはあり得ないということに気づくはずなのに…。

保護者の中には、学校教育に否定的な者もいるでしょう。それは、学生時代の学校との関係によるかもしれません。
不登校だった保護者もいるでしょう。学校の空気が好きになれないという人もいるでしょう。勉強に対してアレルギーを起こしている親だっていることでしょう。20・30年前も教育問題はあったのです。今の保護者は、その当時の学生です。その時代を学校の中で過ごしていて、どのような感じ方をもつかは、まさに千差万別なのです。
保護者にもいろいろな立場の人がいるということを想像しておくことは大切です。
そして、このような想像ができない状況が、職員室・教師集団にはあります。
なぜなら、教師というのは、基本的には学校教育に順応してきた人たちなのです。学生時代のどこかですばらしい先生に出会えた人もいるでしょう。行事や部活動でいい思い出をもっている人もいるでしょう。
学校の先生というのは、雑に言えば、「学校が好きな人たち」なのです。
そして、保護者の中には、学校が嫌いな人たちもいます。
そこでの齟齬が、トラブルとなっている場合もあるのだと思います。
職員室というのは、学校が好きな人たちが集まっているという極めて異質な空間であるということは承知しておいて損はないと考えます。「学校の常識は世間の非常識」という言葉もあるぐらいです。言いすぎかもしれませんが、非常識な小集団が世間の大集団を相手にしているのです。これが現実なのです。現実に抗ってこじらせているのが、今の教師と保護者との関係なのかもしれません。
そして、もう一つ忘れないでほしいのは、目の前の子どもたちもいずれ保護者となるという事実です。子どもたちが保護者となった時に、学校教育に対して肯定的な目をもっているか、否定的になっているのかは、今、学校でどのように過ごしているかにかかっているのです。その意味では教師は「未来の保護者を育てている」といってもよいでしょう。
実は、学校教育に否定的にとらえる保護者にしてしまったのは、教師であるということもいえるのです。
実際のトラブルの発端は違うでしょう。言葉の伝わり方がずれていたり、実態の把握の段階でズレが起きていたりするといったものが本当のところでしょう。
ここで出したのは一つの考え方です。このように考えてみることで、教師の保護者似対する第一声が変わってくるでしょう。
横柄な態度を取ることは減るのではないでしょうか。保護者に迎合することを勧めているのではありません。このような思考をすることも時には必要だという提案です。保護者が教師を無条件で尊敬するという時代はとっくに終わっています。今の時代にあった保護者連携を常に模索する必要が教師には必要なのです。なぜなら、保護者と教師が手を結ばなければ子どもは育てられないということは、いつの時代も変わらないのですから。
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担任のことなど、忘れてしまうのが健全なのだ

 小中と両方の学校での勤務を経験していると、違和感を覚えることがあります。
 小学校の卒業式に対して、「もう二度と会えない。これで最後。」ということが強調され過ぎではないでしょうか。
 これは事実だといわれればそうなのでしょう。確かに、教師にとっては、卒業式でこの子たちとはお別れとなってしまう。その寂しさも分かります。
 それにしてもです。小学校卒業式が、そこまで悲しみいっぱいのものなのでしょうか。

 子どもたちはその1か月後(正確には2週間後)には、中学校の入学式を迎えます。子どもたちにとっては小学校卒業式は一つの区切りであるとともに、通過点なのです。
 「区切り」という観点が強すぎると、そこで終わり。次へと進むエネルギーや向かう意欲が出てこないという状態ではいけないと考えるのです。

 別れるのは寂しい。「けれども、中学校でもがんばれよ!」と言って送り出したいです。
 私は、卒業式練習時に卒業生にはなむけの言葉を話す時間に、次のように話したことがあります。

中学校は、小学校より間違いなく楽しくて、充実した時間となるだろう。
そのためには、小学校時代をきちんと終えることが大切である。
中途半端に小学校を終えたのでは、中学校のスタートもしっかりと切れない。
残された小学校生活を精一杯、楽しんでほしい。
もう一度言う。
中学校は、小学校より間違いなく楽しくて、充実した時間となる。

 次のように考えてみてほしい。
  ・小学校時代が一番楽しかった…それで本当にいいのか。
  ・小学校の時の担任が一番よかった…それで本当にいいのか。
  ・戻れるなら、小学校時代に戻りたい…それで本当にいいのか。
 このように言われたら、担任冥利に尽きると感じる人もいるかもしれない。
 しかし、私はそのようには全く思いません。逆に、心配になってしまいます。
 このことは、裏を返せば、中高大のときが、小学校時代を超えるものでなかったということなのです。それはどうなのでしょうかと思ってしまいます。これは本当に自分で前に進む力を身に付けられたと言えるのでしょうか。厳しいことを言えば小学校教育の失敗ではないかとも思うのです。

 このように考えるから、「いつまでも忘れないで」などとは、私は言えないのです。私のことなど、忘れてしまうのが健全なのです。なぜなら、高校生になっても「小学校の時の先生は…」などと考えている状況は、今を楽しめていない、充実したものとなっていないということでしょう。小学校の時より中学の方が楽しく、中学よりも高校、大学の方が充実した生活を送れる教え子であってほしいと切に願っています。だから、本心は「ほんのちょっとは覚えていてほしいが、忘れてしまっても構わない。それで、あなたが楽しく人生を過ごせているのなら、私はそのことの方が何よりもうれしい」となるのです。

季節感のある教室(掲示)づくり

赴任してすぐに感じた違和感。その一つに次のものがありました。
小学校の教室って、こんなに殺風景だったかな
 講師経験なしで、この世界に足を踏み入れたので、当時の私が学校教育について考える際によりどころとなっていたのは、自分が小中高と過ごした学校でした。
 私が小学校時代の教室環境の風景を鮮明に覚えているということではありません。あくまでもイメージとして「もう少し、掲示物があって楽しい雰囲気があったような」というものをもっていました。
 なので、教室掲示については、一年目から意識していたものでした。
 そしてもう一つ。教師になる前まで、私はコンビニでアルバイトをしていました。
 「コンビニほど季節感に敏感なところはない」というのはその時の経験からつかんだ自論です。
 コンビニに入ってすぐの棚は、クリスマスがあればその商品やPOPが展開されていて、クリスマスが終わると一気に正月へと様変わり。年賀はがきやお年玉袋が陳列されています。それも、松の内を過ぎたころには撤去され、次は節分とバレンタイン商戦へと進んでいきます。
 とにかく季節ごとに陳列が変わっていきます。おでんや肉まんなどはお盆が過ぎると出始めます。「もう売ってるの?」と思われるかもしれませんが、季節を先取りして、購買行動を誘導しているのです。ここも季節の変化を見ての判断です。
 この二つのことが、私の教室環境づくりの原点としてあります。ずばり、
コンビニに負けない教室環境づくり

 教師二年目には、一年間に使える教室環境のセットを作っていきました。4月は桜とツクシ・6月はカタツムリとアジサイ・11月には落ち葉・1月は羽子板・凧…と色画用紙を使って用意しました(右の本を使いました)。これらの掲示物は今でも活用しています。その時期になると、引き出しから取り出して、画鋲で留めれば、一気に季節感のある教室環境になります。
 ここ数年やっているのが、「黒板絵」です。区切りの日に、誰もが驚くレベルの黒板絵を描くのです。といっても、私には絵心はありません。パソコンで元にする絵を準備して、それをプロジェクターで黒板に映します。映ったものをチョークでなぞれば完成です。

 掲示物づくりも黒板絵も、誰もができるものです。絵を描くことが得意であれば、オリジナルで手間をかけずに準備することができるでしょう。しかし、絵心が全くない私でも、その通りになぞったり切ったりすればできるものばかりです。要は、掲示物に対して意識があるかどうかにかかっているのです。もう一つは、「せっかく毎日登校する教室なら、明るく楽しい雰囲気の方がいいよね」という思いです。このようなことをしていると、他の教室の様子が気になってきます。気になれば、いいなと見つけたところは自分の教室に取り入れることができます。さらに魅力的な教室にしていくことができるでしょう。

教育実習・初任時代があったから…

教育実習は、愛知教育大学附属名古屋中学校で4週間、愛教大附属名古屋小学校にて2週間でした。
 一般校とは異なり、とても厳しい教育実習でした。特に中学校は、中2のクラスが受け持ちで、子どもたちは弁が立つ猛者ばかり。クラスの指導教官とは馬が合わず、生意気な実習生と映っていました。社会科の指導は、指導教官の会議と会議の合間に進められる感じで、指導があって、指導案を手直しして、次の指導は会議が終わる1時間半後。そして指導があって、次はまた1時間半後…エンドレスで続きました。
 自分の思いどおりに進められるところなど(当然ですが)全くありません。その意味では、教師になって今までの仕事のどれよりもこの時の4週間のほうが厳しいものであったと感じています。あれから17年が過ぎましたが、秋の夜にはあの頃のことがオーバーラップするのです。
 これだけやっても(とはいっても、別に他の実習生と異なったことや素晴らしい授業をしたわけではないので、当然ですが)評価は「B」でした。そして、附属小学校での実習の評価も「B」判定でした。
 そうして、大学を卒業した翌月からは、教師としての生活が始まります。
 初任者ですので、研究授業も何度もありました。しかし、一向に授業は上手くなりません。私が子どもたちの思考を止めたり、から回りさせたりするようなものでした。

 決して今も授業が上手くなったと自信をもっていえるものではありません。しかし、教育実習・初任時代を通して、「あなたはこのままでは授業は上手くない」という評価をいただいたからこそ、「学ばないといけない」という気持ちになったのです。今の私の学びの姿があるのは背景として、実習や初任時代の苦い思いであるのです。

 教師教育論の話にもつながってきます。私は教師教育についてはかなり冷ややかに見ています。「大人なんだから、自分で気づいて動こうよ」というのが今の私の基本姿勢です。
やはり、気づきがなければ人は動くことができません。しかし、今の職員室や同僚性の中において、若手に気づきを与えられる環境があるか、先輩の姿や取り組みから気づきを得られる若手がいるのか、というところは考えてしまいます。私は、実習や初任時代に直接言っていただき、それを学ぶ行動のきっかけとしていくことができました。決して、私のしてきたことを見習えというつもりは毛頭ありません。厳しく指導されることでモチベーションを無くすことだって私にもあります。何がよいのかなど、そんなに簡単に言えることではないなあとも思っています。

 余談ですが、教師になって一般校の教育実習を目の当たりにしてきました。「なんて、みんな優しいんだ。そして、指導が甘すぎる。これが一般校の教育実習なのか」と、驚くことばかりでした。それと共に、附属で実習をさせていただいたことに感謝の思いが芽生えてきたのです。あそこで厳しく指導していただいたからこそ今の私があると思っています。
だからこそ、実習生には、「附属で実習受けている人はこんな風にがんばっているんだよ」と伝えたり、研究授業はできる限り参観して協議会で話をしたりしています。こういう形で、その時の指導教官には今後も恩返しをしていこうと考えています。

初任時代があったから…

私にとって初任校での経験が、現在の私にとって非常に大切なものであるということが、月日が経つごとにその思いは大きくなっています。

 初任時代。研修時に出すレポートや報告書を上の先生に見ていただくと、毎回言われたのが、「楠本くんの書いていることは分かりづらい」でした。堅苦しい言葉で上から目線で分かったような感じの文章だったのでしょう。けれども語いが少なく、稚拙な文章であったため、「分かりづらい」というご指導が続いたのでしょう。(今に至っても、この傾向はあまり変わっていません。書きものをする際には心していないと、今でもこのような文章になってしまいます)。

 何度も言われていると、さすがの私もそのことを放っておくことはできません。「どうしたらよいのか」と悩みました。添削された個所を読み返して、指摘された言い回しは使わないようにしようと努めました。文章術の類の本を何冊も読みました。
 そして、書く機会があればどんどん書くようにしました。初任の3月の1か月間は学級通信を出してみました。2年目からは学年通信を書くチャンスを与えていただきました。通知表の所見は、尊敬する先輩が書かれたものを盗み見して同じように書いたこともありました。3年目・4年目となると職員会議で提案文書を出すことも増え、分かりやすさ・伝わりやすさを意識しながら文章修業を続けました。

 すると、いつの日からか、「楠本くんの書いたものは分かりやすい」という言葉をいただくことが増えてきました。書くことが分かりやすくなると、話すことも同様に変化が出てきました。無駄な言葉をそぎ落とし、大切な言葉を強調させて分かりやすく伝えられるようになってきました。
 その後は、日刊の学級通信・部活動通信・職員室通信を発行したり、大学のゼミにお邪魔する時やサークルに参加する際には、レポートを作成したりしました。そこでの学びをまとめることもしました。ブログやML、今はFacebookで発信をしていきました。そこでのつながりがきっかけとなり、教育雑誌等へ原稿を執筆する機会も与えていただきました。全てが、私にとって大切な文章修業の機会となって今に至っています。

 今でも文章修業は続いています。いろいろな人の文章を読めば読むほど「自分はまだまだだなあ」と反省の日々です。どうしたら、もっと分かりやすく書けるのか。的確に伝えることができるのか。語彙を増やして美しい文章が作れるのか、と悪戦苦闘しています。それもこれも、初任時代に「分かりづらい」と指摘していただいたからです。これがなければ、自分の書いたものを顧みることなく、分かりづらい文章を垂れ流していたことでしょう。また、今のように文章を自分から意図的に書くということもおそらくしていないでしょう。初任校でどんな人に会い、何を言ってもらえたかということが、その後の教師としての歩みに大きな影響を与えると私は実体験をもってそう考えています。だからこそ、今、初任校で勤務している若手教師には、今の生活を大切にしてもらいたいし、今の出合いやあなたに投げかけられた先輩からの一言が、あなたを飛躍させる大きなきっかけになるかもしれないということは知っておいてほしいと思います。
プロフィール

Teru3128

Author:Teru3128
小学校、特別支援学級の担任です。
今年度で教職14年目。
教師修業をぼちぼちと進んでいます。

本年度は、特別支援学級における「道徳授業」を追究する一年間です。
失敗から見えてくるものを大切に、授業実践の楽しさに浸っています。

そして、今年は有田実践からも学び広めていきます。

心を耕し、技術を磨いていきます。
よろしくおねがいします。

ありがとうございます!
ハッピー

ジオターゲティング
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